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徐福の足跡は古事記

 投稿者:秦野北斗  投稿日:2018年 6月20日(水)17時44分30秒
  徐福の足跡は古事記に記される、魏誌倭人伝の書換えが必要な字記される。
著書の冒頭に古事記の翻訳を入れてある。(注、文体は現代文とさほど変われない)

魏誌倭人伝に書換えが必要な字がある、この字は古事記に記されている。
字は水は海に書換えが必要、入るは出る・・などがある。

例だが、從郡至倭 循海岸水行 歴韓国 乍南乍東 到其北岸狗邪韓國 七千餘里を例にする。

從郡至倭の郡は現在は帯方郡になるが、楽浪郡、帯方郡の2郡になる、2郡に従うが正しい。
2郡位置は『後漢書』倭人伝に記録がある。2郡位置の確定に方位が必要になる。

循海岸水行は循海岸海行、海岸を巡り海を行く、になる。
邪馬台国は万葉集に情景、位置は山海経に琅邪から三萬里にあると記録される。
魏誌倭人伝には 南至邪馬壹國 女王之所都 水(海)行十日陸行一月になる。

古事記に663年白村江以降に日本に還り改革したとある。飛鳥に宮都が置かれていた崇峻天皇5年(592年)https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A3%9B%E9%B3%A5%E6%99%82%E4%BB%A3
飛鳥時代、(645年)大化の改新はない、
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E5%8C%96%E3%81%AE%E6%94%B9%E6%96%B0

著者の反省、古事記は1300年解読されていない状況で、まあよく魏誌倭人伝に挑戦したものです。素人の恐いもの知らずになります。下手をすれば一生解けない難問です。

秦野北斗の著書に纏めています。
必要な方はFAX072‐272-4456まで(注、書店での取り扱いはしていません)定価3000円

尚、前田さんには本日郵送しました。
 

資料の打ち合わせ確認

 投稿者:秦野北斗  投稿日:2018年 6月 2日(土)00時39分24秒
  6/24の週で神奈川行きを考えています。
確認は神奈川の徐福伝承、子産石(バラスト石)、関東日本王国の3件は同一になる。
佐賀の徐福伝承、魏志倭人伝、古事記、その他
それと、神奈川徐福研究会の会長:田島孝子を紹介して欲しいです。(前田さんの紹介等でお世話になりました。)著書は十分満足できるものになっています。 
 

またの機会に

 投稿者:maeda  投稿日:2018年 5月23日(水)10時57分9秒
  蓑毛の宝蓮寺に、行く機会があればあたってみましょうか。
写真の方は、大分以前のことなので、探し出すのが大変です。
 

蓑毛のお札

 投稿者:秦野北斗  投稿日:2018年 5月22日(火)12時58分22秒
  お願いです。お札ですが、maeda さんが写真を撮られてました。
秦野に行った時、お札1枚購入したいものです。蓑毛にお願いできないでしょうか。
 

新著書籍期待しています

 投稿者:maeda  投稿日:2018年 5月22日(火)11時47分52秒
  いよいよ、印刷に入るのですね。出来上がれば、1冊購入させていただきます。なお、以前蓑毛に来られた時お札を入手されていたのですか。いずれにしろ、聖武天皇、良弁、行基は、東大寺建立を計画し、国分寺を日本全体に広めようと決めた人たちです。それに関連する情報が蓑毛にあったとは、興味深々です。秦野に来られる場合、ご連絡ください。お会いしましょう。  

新著書籍

 投稿者:秦野北斗  投稿日:2018年 5月19日(土)12時48分51秒
  著書の内容の再確認は先日終わりました。5月末に印刷予定です。
著書の再確認の際に神奈川が出てきたので質問させて貰いました。バラスト石はこれから過大でしょう。6月中にはそちらえ行きます。それと、秦野に行った時の蓑毛の御札?ですが聖武天皇、良弁、行基の様です。聖武天皇の洗礼名は沙弥勝満(しゃみしょうまん)の様です。
 

子産石

 投稿者:maeda  投稿日:2018年 5月19日(土)11時30分56秒
  子産石が座礁船のバラスト石であるという資料があったということは、興味深いですね。小生はバラスト石に詳しくありませんので、その使用量について知見を持ち合わせていません。
ところで、秦野様の新著書籍は、発刊されたのでしょうか。お伺いいたします。
 

「子産石」(こうみいし)三浦半島

 投稿者:秦野北斗  投稿日:2018年 5月16日(水)18時31分22秒
  子産石は座礁船のバラスト石の様です、座礁船の其れらしき資料が出てきました。座礁船は4~5千隻になります。徐福船団とは考えずらい。所で、古代船の一船当たりのバラスト石の量が不明なので知っていれば教えてくれませんか。  

金印

 投稿者:maeda  投稿日:2018年 2月26日(月)22時40分55秒
  気になりますね。そのうちまた、よろしくお願いします。  

己大方 金印

 投稿者:秦野北斗  投稿日:2018年 2月26日(月)00時29分40秒
  >実印として使用しているとか。まあいいでしょう?
国宝クラスになるのですが、実印ですか、騒ぎが大きくなるまで保留です。
詳細は後日お会いした時にお話しします。家一軒ぐらいは軽く建つ、
 

己大方 金印

 投稿者:maeda  投稿日:2018年 2月25日(日)22時38分21秒
  昨年の秋、友人とその印を保有しているといわれる、山中湖の北岸の、秦さんのところに伺いました。ところが、金印は、その親戚(近所)の人が、実印として使用しているとか。見ることはかないませんでした。秦武栄著の『徐福ロマン』に、調査結果が記載されています。
 

己大方 金印

 投稿者:秦野北斗  投稿日:2018年 2月23日(金)10時35分59秒
  maedaさん、己大方(みたいほう) 金印の所在をご存知ありませんか。
神奈川の徐福伝説と密接な関係があることが判明しました。
秦野はmaedaさんの資料との突合が楽しみです。
 

連絡法

 投稿者:maeda  投稿日:2018年 2月10日(土)17時54分49秒
  連絡するには、本掲示板の親元の「古代神都東三河」のHP表にあるメールをクリックすれば、管理者にメールできます。管理者を媒介して、メール交流できるよう取り計らいます。(maeda)  

ご著書を希望します

 投稿者:中根太藏  投稿日:2018年 2月10日(土)06時07分22秒
  我が住所をご連絡する方法を教えてください。
この公開の掲示板には出すのは憚りますので。
 

飛鳥時代が捏造?

 投稿者:秦野北斗  投稿日:2018年 2月 8日(木)23時33分51秒
  掲示板に書けば混乱しますので避けたい。
書籍の出版 遅くても6月までに出版します。自費出版で郵送のみ、
尚、maedaさんの資料と突合を考えています。参加可能なら参加して下さい。
 

飛鳥時代が捏造?

 投稿者:中根太藏  投稿日:2018年 2月 8日(木)05時49分30秒
  どういう経過と事情を辿ったのか、などのもう少し具体的なお話が可能なら伺いたいのが自然でしょうね。  

飛鳥時代が捏造?

 投稿者:秦野北斗  投稿日:2018年 2月 6日(火)12時02分53秒
  捏造の意図は誰の何の目的か知りたいですね。・・・調査しました。
飛鳥時代、奈良時代、平安時代に及ぶ模様。個人ではなさそうです。
これからの課題になります。答えになりますか。

 

飛鳥時代が捏造?

 投稿者:中根太藏  投稿日:2018年 1月31日(水)06時56分4秒
  正に信じられないですね。飛鳥時代そのものがなかったのか、飛鳥時代の何がなかったのか。
捏造の意図は誰の何の目的か知りたいですね。
 

飛鳥時代

 投稿者:maeda  投稿日:2018年 1月30日(火)21時59分12秒
  飛鳥時代は592年 ~ 710年と118年もありますね。藤原京、平城京が660年から存在していたとなると、併存していたことになるのではないですか?日本の古代史が変わりそう。  

飛鳥時代が捏造

 投稿者:秦野北斗  投稿日:2018年 1月26日(金)23時07分57秒
  信じられない事ですが、飛鳥時代が捏造の様です。
古事記から藤原京、 平城京は660年代に存在している。大問題です。
もし、飛鳥時代が捏造なら、どうなるのでしょうか?
 

明けましておめでとうございます

 投稿者:maeda  投稿日:2018年 1月14日(日)22時47分24秒
  書籍の出版、期待しております。  

蓑毛,宝蓮寺

 投稿者:秦野北斗  投稿日:2018年 1月14日(日)00時46分28秒
  久振りになります。著書出版に追われています。
古事記、劉仁軌伝の翻訳と年代あわせ、地名の特定・・古代史はきついです。

蓑毛,宝蓮寺が出てきましたが、詳細に入るには資料不足です。さわり程度になる。

古事記の編纂は和銅5年(712年)とされるが、天武天皇、在位(673年)に編纂されている。
39年近く蔵入りしていた模様。理由は古事記?序に記される。今年も宜しくお願い致します。
 

笹踊り

 投稿者:maeda  投稿日:2017年12月17日(日)23時02分29秒
  笹踊りが、天武天皇の時代と関係するなら、面白いですね。
砥鹿神社が、天武天皇の拠点だと推定する人もいます。
榊原康彦著『天武天皇の秘密』p213には、「持統太上天皇の三河行幸で、中臣神道への改宗を、砥鹿神社に迫るも拒否されたと思われる。それにも拘わらず「砥鹿神社」は、三河一宮とされた。持統太上天皇の要請を拒否できる「砥鹿神社」には、社史にも書けない秘密が潜んでいるように思える。たとえば、「砥鹿神社」こそ、丹波系皇統を引き継ぎ、大海人皇子の御所であったとか。」と書かれている。
 著者の榊原氏は、徳川家康の家臣「榊原氏」の子孫だと聞いたことがあります。ひょっとすると、大河ドラマ、井伊直虎の番組に出てきていた人かしら?
 

びっくり 訂正

 投稿者:秦野北斗  投稿日:2017年12月14日(木)16時39分57秒
  びっくり   投稿者:秦野北斗   投稿日:2017年10月 6日(金)22時06分1秒
舊唐書卷八十四/列傳三十四/劉仁軌伝の翻訳完了
天智天皇の韓半島ですが則天武后に騙し取られる。が真実の様です。

訂正、則天武后に騙し取られる。は正しくない。正しくは白村江(倭)から追い出されるです。後日、説明します。追い出された後の伝承が「笹踊」になる模様。天武天皇の状況が推測できる。

「笹踊」は、鎌倉時代12世紀から伝わる神事とか、小生資料では七世になる。?
 

朝鮮通信史に関する風習

 投稿者:maeda  投稿日:2017年12月 9日(土)17時12分32秒
  東三河の豊川下流の右岸にある神社祭礼で、奉納される特殊神事の一つに、「笹踊」があります。この踊りは、牛久保八幡社のほか20か所近くで行われており、有名になっています。うなこうじ祭りとも言われ、ヤンヨウ神(蛆虫)を真似た踊りとも言われます。この「笹踊」の文献初出は吉田神社(豊橋市関谷町)の文書ですが、朝鮮通信史一行の楽隊を模したものと伝えられています。従って、豊橋周辺の神社は、朝鮮通信使との関係は、大いにあったのではないかと思える次第です。 参考文献:柴田晴廣著『穂国幻史考』  

朝鮮通信使

 投稿者:秦野北斗  投稿日:2017年12月 9日(土)15時42分46秒
  石巻神社に朝鮮通信使の記録ありませんか。

天武天皇ですが百済者に情報操作された痕跡がある。有ればの話しです。

古事記に平城遷都の原因が書かれている。その原因は百済者である。と・・
 

そうですか

 投稿者:maeda  投稿日:2017年11月21日(火)21時38分53秒
  豊川稲荷の近くの砥鹿神社が天武天皇に関係があると推定していましたが。この東数キロのところにある石巻神社には、持統天皇や文武天皇の伝承があります。  

びっくり 2

 投稿者:秦野北斗  投稿日:2017年11月20日(月)18時46分3秒
  舊唐書卷八十四/列傳三十四/劉仁軌伝によると統一新羅時代は存在してない。
新羅による三国統一はなく、劉仁軌が統一の様です。古代の日韓史は大きく変わるな。

それと豊川稲荷の白狐は天武天皇の様です?。詳細は不明です。


新羅による三国統一後、ほぼ同時期に渤海が旧高句麗の支配地域に建国され、両者は渤海が滅亡するまで並立していた。ただし、渤海を朝鮮の歴史の一部とみなすべきか否かについては賛否両論があり、渤海を朝鮮史の一部とする1975年以降の韓国では統一新羅・渤海並立時代を「南北国時代」と称しているが、渤海を朝鮮史へ組み込むことに否定的な日本・中国などでは「統一新羅時代(中国語版記事)」と称される。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%9D%E9%AE%AE%E3%81%AE%E6%AD%B4%E5%8F%B2
 

また国が穂国になる

 投稿者:秦野北斗  投稿日:2017年11月 4日(土)22時59分59秒
  魏志の文章:女王國東渡海千餘里、復有國、皆倭種。

復の意味は、くりかえす。再びで、同様になる。
小生の著書(徐福と邪馬台国)P76 また国が穂国になる。
著書では豊橋とするが、豊川、豊橋かは不明、豊川が有力?

狗奴国は著書では徳島としたが間違っている。2018年の著書出版で訂正する。


 

魏志倭人伝に穂の国?

 投稿者:maeda  投稿日:2017年11月 4日(土)21時28分59秒
  秦野北斗様

>魏志倭人伝に穂の国と思われる文章がある。
>「文章は邪馬台国と同様の国がある。」

 これは、気が付きませんでした。どの辺にあるのでしょうか。
 読み直してみます。

   maeda
 

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