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椋鳥のくる館 (25)

 投稿者:櫻子  投稿日:2010年10月20日(水)08時47分54秒
 

退院の日が決まった。
教授回診があった週、家族も呼ばれて退院の日が言い渡された。
あらためて、手術の内容や結果などが、ファイルにされた写真やデータなどで、私の前で示された。

なまなましくて写真などは正視できなかったが、先生のやさしい眼差しに、摘出された内臓部位をしっかり見ておこうという意思がはたらいた。もう、今後これを見ることはないだろうと。

「一ヶ月ほど養生したら、あとは以前と同じように生活してください。大丈夫です」
先生の言葉に、息子と娘のほっとした様子がうれしい。
「仕事も大丈夫でしょうか?」
先生はにこやかに言った。
「大丈夫ですよ。お好きにされればいいですから」

私が会釈すると、娘たちも会釈した。
退院のうれしさが、胸に湧いてくる。顔がほころびる。


面談室をでると、娘が腕を回してきて喜んでくれた。
まだ、細胞診の結果は先のことだが、それさえも100%大丈夫な感じがして、うれしくなる。


 
 

椋鳥のくる館 (24)

 投稿者:櫻子  投稿日:2010年10月15日(金)04時04分0秒
 

数日すれば、退院となる。その後は一ヶ月は自宅で養生、傷が本格的に癒えるまで、ゆっくりと生活することになる。その間に、顕微鏡診の結果もでるだろう。
入院していれば、内田先生に会いたいと思えばいつでも会える。メールをすれば先生は必ず、自由な時間に喫茶にきて本を読んでいるから……。

声をかけずに、姿だけを見て病室に引き返す事もある。偶然を装っていても、必ず人の口の端に上るだろう。それは避けなければならないと、意識の中にはあった。先生の病院での立場を危うくしてはいけないと。患者と医師が恋仲になって、院内でデートしている、そんな図はだれも見たいとは思っていないだろうから。

椋鳥が枝から枝へちょんちょんと移りまわっている様子は、桐の葉のおおきなのが揺れるのでわかる。飛び立つ時間までのあいだ、仲間を起こしに回っているのだろうか。小鳥たちの毎朝の習慣なのかもしれない。階段に坐ってひざの上にひじをつき、そして手のひらでほおを支える。

何をしているのだろうと、目が覚めた病棟の窓際の患者は思うかもしれない。そんなことに無頓着になって、私は動きさざめいている桐の木を見つめていた。退院してもうここへは来なくなるだろうか。それとも、また入院して、こうやって桐の木を見ることになるのだろうか。

心の中に漠然とした不安が逡巡しはじめた。一寸先は見えているつもり。しかし近い未来、遠い将来は、今の私には見えなかった。健康な時に感じていた、明日はいつも平穏無事なばら色の時間だったのだ。どこかで、何かが違ってきている。私の中の細胞が少しきしんでいた。



 

椋鳥のくる館 (23)

 投稿者:櫻子  投稿日:2010年10月15日(金)04時03分10秒
 


翌朝、椋鳥の声に寝覚めた。
時計を見ると、ほんの数時間眠っていたことになる。それぞれのカーテンの中ではやすらかな寝息がしている。カーディガンを羽織って、そっと病室を抜け出した。

病棟の廊下を回って、横庭にでる。桐の木の中をたくさんの椋鳥が鳴き、枝から枝へとわたっている様子だった。大きな葉が揺れる。小さい影があちこちしていた。

私が木の傍へ寄っても、一羽の椋鳥も飛び立たない。安全だと判っているのか、リーダーの椋鳥が指令を出しているのか、木の葉が揺れて、にぎやかな鳴き声はやまない。

傍にある食堂の二階への階段を上って、木と同じ高さのあたりで腰を下ろす。椋鳥の鳴き声と動きと、じっと見つめていた。何も考えたくない。しかし、生きているものを見つめていること、それが私の心に安らぎをくれた。

病院全体が眠っている。病棟の廊下のあかりだけが、そこに人がいることを示している。多くの人がまだ睡眠のなかに漂っていた。


 

椋鳥のくる館 (22)

 投稿者:櫻子  投稿日:2010年10月 7日(木)03時38分8秒
 


「大石君が……」
胸が早鐘のように動悸を打っている。マウスを持つ手が小刻みに震えて、クリックができない。
つい数日前、「今度は明智のために見舞いにくるよ」と言っていたのに、何があったのよう……と、心の中でつぶやきながら、メールを開く。そこには、告別式の日取りだけが書いてあった。

入院中だから、告別式にはいけない。私は返信に短くそう書いて、送信した。誰かに電話して、どうしてだったのか聞かなければ…、そう思うのだが、体が金縛りにあったように動かない。涙は出てこなかった。「どうして? どうして?」と口の中でもぐもぐと反芻していた。

就寝前のナースによる検温、血圧測定も、うわの空だった。何を聞かれたのかも記憶にない。サークルのカーテンを閉めて、薄暗い天井を眺めていたら、どこか淋しそうだったこの間の大石くんの顔が浮かんできた。
ふいに涙が溢れ、目じりから耳のほうへ流れた。同室のみんなに悟られまいと、唇を噛んだ。

深夜、巡回にきたナースが「眠れないのなら、お薬だしましょうか?」と尋ねてくれた。ナースの照らした懐中電灯がまぶしい。「心配事があるのですか?」
そっと聞いてくれた。泣きはらした目がきっと赤くなっているのだろう。

私は、目を閉じて首を左右に振った。ナースの手がそっと私の←肩に添えられた。暖かい手のぬくもりがパジャマを通して伝わってきた。私は右手でナースの手を押さえた。その拍子にまたしゃくりあげるように涙が溢れてきた。思わず左手で口元を押さえた。

ひとしきりナースは私の肩を撫でてくれた。ほんの少しの時間だったかもしれないが、私にとってはとても長い時間に思われた。
ようやく涙がおさまった私は、かすれる声でナースに礼を言った。

「もう大丈夫ですね。またあとで来ますからね」
そう言って彼女はまた病室の巡回へと部屋をでて行った。キュッキュッ、ナースシューズの音が遠ざかる。



 

椋鳥のくる館 (21)

 投稿者:櫻子  投稿日:2010年10月 5日(火)09時40分45秒
 



先生は自分の事は語らない。だから私は先生の過去を知らない。知ろうとしない。たとえ知っても、先生の過去の時間に私は分け入る事ができないのだから……。

現在、そしてこれからの時間を共有できたらいい、それが私の思いだった。今を楽しく生きていこう、手術を決意した時に、あらためて自分に言い聞かせていた。
「今を楽しく生きる」、これは夫を亡くした時に、心に刻んだ言葉だった。決して過去を振り返らないと。振り返ると、幸せだったことだけに心がとどまり、今と比べて悲観してしまうから。

木槿の話をとめどなくしている先生と並んで歩きながら、これからのふたりはどうなるのだろうと、想像していた。傍目には、医師と患者がばったり出会い、散歩しているふうに見えるだろう。そう、それでいいのだ。それで……と私は思う。
これからの生活は変わらない、ずっと変わらない。でも心の中はちがう……、言葉の通じ合う良き人と、この先もずっとこんな散歩ができるようにと……願っていた。

「おや、内田先生……」
声をかけられて、先生が振り向く。婦長の大島さんが追い越すように足早に横を過ぎた。
「患者さんを誘惑してはいけませんよ」
にこっとお茶目な笑顔で大島さんが言った。
「良かった。先生を誘惑してはいけませんよって言われなくて」
私は、言いながら笑った。
「先生、お疲れ様でした。今日はゆっくりお休みくださいね」
大島さんは、先生に声をかけてから、私のほうを向いて言った。

「明智さんのベッドの横、新しい方がいらしたので、よろしくお願いしますね。何かあったら、気軽におっしゃってください」
「はい……」と私は答える。
大島さんは、私たちを通り越して、新しい病棟のほうへ足早に去って行った。

先生はそれから、ひとしきり、木槿の話をしてから、私とさようならをした。木槿の事を反芻しながら、私はもう一度、園庭を一回りした。


病室に帰り、夕食を済ませて、パソコンのメーラーを開いたら、件名に「大石くんが死んだ」と書かれたメールが飛び込んできた。



 

椋鳥のくる館 (20)

 投稿者:櫻子  投稿日:2010年10月 5日(火)09時39分59秒
 



鈴木さんがベッドの周りで片付けものをしているのをぼんやり見ていたら、内田先生から携帯電話にメールがはいった。
玄関脇のむくげの庭にいますとのこと、鏡を覗いてうっすらと紅を引いて、病棟を出た。

新築されたばかりの病棟の広い廊下を歩きながら、胸がときめいてくる。病院指定のサーモンピンクのパジャマは、患者そのままの私を包んでいる。このごろの私は、先生とのメールのやりとりに没頭していた。先生も自宅へ帰ると長いメールをパソコンのほうに送ってきてくれる。

ほとんどは、本か花の話だった。先生は木の花が好きだった。なかでも木槿が好きで、メールに添付されてくる花はいつも木槿だった。多くの患者の主治医であるので、遠出はできないが、自家用車を駆ってあちこちへ写真を撮りに行っているようだった。

玄関脇へつくと、木槿の生垣の陰から、声がした。
「明智さん……」
内田先生が、白い木槿の花を覗き込んでいる。
「この八重のような白い木槿は、祇園守という名前なんですよ」

花のなかに蘂のようにまた花びらがある。じっと見とれていると、先生は言った。
「木槿はたくさんの種類があってね、夏中花が咲くから、病院が建て変わる時に、木槿を植えてもらうように、提案したんですよ」

玄関横は広いロータリーと、庭園になっていて、患者が散策できるようになっている。道路にそって生垣のように、木槿が植栽されていた。その広い庭を見下ろすように、京都東山の大文字が青空のなかにそびえていた。

「大文字、すぐそこに見えるんですね。送り火の時は、炎の熱さも感じられそうなほど、そこに……」
私がそういうと先生は、言った。
「大文字に火が入るころ、あなたは退院していますね。あなたがここへ来られるなら、ぼくもここであなたを待っていますが……」

私は、黙ってしまった。大文字の送り火は家族と送るのが慣わしで、外出するようなことは一度もなかった。盆の行事である。

黙ってしまった私をみて、先生は言った。
「無理ですよね……。じゃ、お盆がすんでから、あなたを食事に誘うことにします。でも、もし何かの都合で出てこれるなら、いつでも連絡してください」

黙った私を見て、少し淋しそうだった先生の顔に、普段の笑顔が戻ってきた。
「ここはね、10年もすれば、木槿が夏の日差しをさえぎる、すばらしい庭になりますよ。木陰で患者さんや家族が語らう、そんな素敵な庭にね。病院は元気になって退院する人もいるけれど、物言わぬ人となって退院する人もいる。だから、白い木槿を植えてもらうことにしたのです。青空に映える真っ白な木槿の花は、嬉しい人には祝福してくれるように見えるし、悲しい人には慰めてくれるようにも見える」

先生は空を見上げながら、独り言のように言った。先生の感慨が静かに私に伝わってきた。




 

椋鳥のくる館 (19)

 投稿者:櫻子  投稿日:2010年10月 4日(月)10時02分59秒
 

「縫合跡も順調なので、退院は一週間後になります」
診察の後、入院棟の端にある面談室で、手術の執刀医から告げられた。術後の写真などを指差して、担当医は微笑んだ。

切除部分の説明、手術中の患部の写真などは生々しくて、さらりと見られない。見たい気持ちと、怖い気持ちがないまぜになって、緊張した。

「顕微鏡での診断は、退院してからになります。データーがこちらに来ましたら、再診に来て頂いてお話いたします」
淡々と言葉が続く。横に控えている研修医がにこやかな笑顔でいてくれるのが、安堵を誘う。

「がん治療を続けるか、どうかは、そのデーターが出てからになります。これは以前にもお話ししましたね」
そう、以前にも聞いていたのに、こうして白衣姿の医師と資料を挟んでさし向かいに坐ると、これからも治療を受けなければならないと思ってしまう。

執刀医は「99%の按配で大丈夫だろう」と、確信のある表情で言った。そして「質問はないですか?」聞いてくれる。
「ありません」と答えて、それまでの礼を述べ、深くお辞儀をして、面談室を出た。
退院の日が決まった、それだけで、心は温かくなる。

手術までの一週間、術後の一週間、そしてこれからの一週間、シュケジュールは順調に過ぎてゆく。時間はそれぞれの心の時間の長さで過ぎてゆくから、私にとっては速いものに思われた。
出産でしか入院したことがない。だから、この入院を楽しんでいる部分も少しあった。毎日の記録を書きとめられるのも、その楽しむ部分であったかもしれない。
病室へ向かう足取りは、軽く感じられた。


病室へはいると、なにやらあわただしい。
「体の不自由な方が入院されるから、ここは、トイレと洗面室が近いから、一人ほかの部屋へ移動ってことになったの」
鈴木さんが言う。どうやら鈴木さんが移動することになったようだった。彼女はロッカーや冷蔵庫の中ものをひとつにまとめている。

淋しくなるなあと思いながらも、でも、同じ病棟にいるのだからと自分をなぐさめた。いずれは退院で別れ別れになっていくのだから。

 

椋鳥のくる館 (18)

 投稿者:櫻子  投稿日:2010年 9月28日(火)09時27分42秒
 

鈴木さんが手ぬぐいで作って見せてくれた帽子を、みんなで手にとって触ってみた。とても柔らかくて髪の抜けたあとの頭皮になじむのが感じられた。この先に待ち受けているひとつの実感として、心に瞬間、釘を打たれた思いがしたが、四人でいる事が恐れを和らげてくれた。

鈴木さんは病室の入り口にある自分用のロッカーから紙袋を出してきた。
「これね、前に退院した時にうちで作ったのよ。説明だけではわかりにくいでしょ、レシピも一緒に差し上げるから、参考にしてね」
谷内六郎の絵に似たデザインのガーゼの手ぬぐいで作られた帽子が三個、紙袋の中から出てきた。そしてA4サイズの紙に書かれたレシピ……。

鈴木さんはにこやかなまなざしで、ひとりひとりに帽子とレシピを渡してくれた。
窓の外では、椋鳥の鳴き声が聞こえ出した。夕暮れになってきたのだった。



 

椋鳥のくる館(17)

 投稿者:櫻子  投稿日:2010年 8月24日(火)09時27分37秒
 

病室に戻ると、みんなが窓辺に寄っていた。手にはガーゼの手ぬぐいが三本、ポップ調の絵が描いてあって手拭には見えない。
「このガーゼが肌にやさしいのよ」
私の顔を見ると、鈴木さんがお帰りなさいの会釈の後、みんなの顔を見ながら言った。

「治療薬によっては髪が全部抜けることがあるから、今からこの作り方を教えておくね……」
そばのベッドの上から取り上げたのは、ガーゼで作った帽子だった。

「冬になると寒いし、それに髪のないまま外に出るのもはばかられるから、これをちょっとかぶっておくと、玄関にお人が見えても楽なのよ。」
治療薬の副作用など思いもしなかった。楽天的といえば楽天的な私だった。

「髪が抜けても気にしないことね。ほらね、私もまたこうして生えて来ているからね」
鈴木さんは自分の髪を撫でて微笑んだ。
「髪が抜けるより、命のほうが大事だからね」
鈴木さんの言葉には、静かな口調なのにしっかりと励ましの心がつまっている。

中山さんと沼田さんの顔が少し引き締まって見えた。
「同じお部屋に入院して一ヶ月を暮らすと、もう同志みたいなものだからね、なんでも聞いてね。私で答えられることだったら、なんでもお答えしますよ」
中山さんと沼田さんを交互に見ながら、鈴木さんは言った。

私もうなずいた。細胞の顕微鏡診はまだ先の事であったが、その診断が降りたら、がん治療の継続化どうかが決定される。それまでの一ヶ月間、私はちゅうぶらりんのままなのである。

治療を受けることを前提に、私は鈴木さんのアドバイスを受け入れることにした。

ガーゼの手ぬぐいを折り、糸で縫う所をぐざぐざと仮縫いをしてみせて、鈴木さんは手早く帽子を作り上げた。そして、それを頭に被ってみせた。

糸で調節して頭になじむようにその糸の引き具合も、丁寧に教えてくれた。私も含めてまだ、みんな髪は黒々としているが、目は真剣に手ぬぐいの帽子に釘付けになっていた。




 

椋鳥のくる館(16)

 投稿者:櫻子  投稿日:2010年 8月19日(木)09時19分45秒
 

恋の風は、年齢に関係なく吹いてくる。夫を亡くしてから、誰かに心惹かれなかったとは言わないが、今、生涯二度目の恋をしていると、心の中で確信していた。

先生の事を思うと心がいっぱいになる。病気にならなかったなら、先生に会うこともなかったから、手術をしなければならないほどの病気ではあるが、病気に感謝したい気持ちだった。

心の中に青空があり、毎日恋の風船が揺らいでいる。時折見かけるナースステーションで、若い女医さんと話をしている先生を見かけると、心が嫉妬でいっぱいになる。

他の患者さんも、みんな女性だから私の嫉妬の渦は、ひとつやふたつではない。いつも渦巻いているのである。それでも、先生からくるメールに誠実さを計る事ができて、有頂天になる。

死ぬほどの恋をしてから、死にたいわ……、隣のベッドでふとつぶやくように言った鈴木さんの言葉が思い出される。
鈴木さんの言葉によれば、鈴木さんは親の決めた結婚をしたので、死ぬほどの恋をしたことがないそうだ。

恋になぜ死ぬほどという形容詞がつくのか、それはどのくらいの恋なのか、私にはわからないが、少なくとも今、私は二回目の恋をしていると思う。

この恋は大きな子どもがいる自分、孫がいる自分にとっては、きっと実らないものだろうけれど、それでいい。この胸にあるざわめきが、今久しい青春時代のように動いているし、どくどくと心臓の血が音を立てているのがわかるから。その事がとてつもなくうれしいと感じる。




 

椋鳥のくる館(15)

 投稿者:櫻子  投稿日:2010年 8月10日(火)08時43分49秒
 

彼がぐいっとあおるように、ぬるくなった珈琲を一気に飲んだ。
「また、来るわ」
そう言うと、レシートを持って立ち上がった。
私も、だまって立ち上がった。

彼を抱きしめたい衝動に駆られた。大勢の人がいてもかまわない、学生時代苦楽をともにした親友の落ち込みが、ひしひしと伝わってきた。
彼の黙した理由がなんであれ、彼の表情が今までの彼からは想像できないほどのものだった。

彼がレジに行っている間に、私は病院の玄関のほうへ歩いた。
ドアの手前で、外を見た。さっきよりも大きく揺れている槿のこずえがあった。
真っ白な槿、どうして病院にこの白い槿なの?と、来たときには思ったものだが、やはり、白でいいのだと、納得できた。

大石君が支払いを済ませて、やってきた。表情がもういつもの大石君に戻っていた。愛くるしい目が、目じりの小じわを従えて笑っていた。

彼が手を出した。そして、私の手をしっかり握った。大きく温かい手だった。

「今日は仕事で来たからゆっくりできないけれど、今度は明智のために見舞いにくるよ」
「仕事って?」
「うん、取引先の人を見舞いに来ただけだから、まさか、そこで明智を発見するとは思わなかったし」
「うん、私、誰にも言ってなかったからね」

「がんばってな。明智への見舞いだったら、本だなぁ」
大石君は笑った。私の事を「紙魚」だといった、学生時代の友達。
「早く来てくれないと、私、ここからいなくなっちゃうからね」
私は学生時代にもどって、笑顔で言った。
彼の顔が一瞬ゆがんで、それから元に戻った。

「うん、退院するまでに来てあげるから。来なかったら、退院伸ばしてもらうように、ドクターに頼んでよ」
冗談を言う。

「じゃね、しっかり食べて元気になるんだよ」
彼は、もう一度ぎゅっと私の手を握って、玄関を出て行った。
出てから、私のほうを振り返った。彼の後ろで、真っ白な槿が大きく揺れた。
彼が槿の樹のところで、駐車場への道を曲がるまで、私は彼を見続けた。曲がる時、彼は一瞬立ち止まり、手を小さくあげた。

……もっと深い事情があったんだ……
彼が珈琲を掻き混ぜたまま、口を濁した言葉が私の胸をいっぱいにする。いつもの彼ならあっけらかんと言うはずなのに……と、私は思った。
いつか話してくれる時期が来るだろう、それまでは私は、私のほうから聞きだすことはしないでおこうと決めた。


ぼんやりと外を見たまま立っていた。槿、槿と、私は心の中でつぶやいていた。

「やけに親密でしたねぇ」
声がして振り返ると、内田先生がいた。
「少し、嫉妬しましたよ」先生は続けた。
その言葉にはっとした。大石君を抱きしめなくて良かったと、心がどきどきした。

「学生時代の親友なんです」
「そうだったんですか、ぼく、彼を知っていますよ」
「あら、ご存知なんですか?」

先生は答える代わりに、私に聞いた。
「大分良くなりましたね。病院の散歩楽しいでしょう。椋鳥の写真は撮れましたか?」
「いいえ、まだ、この一枚っていうのが撮れないんです」
「ブログの更新楽しみにしているんですけれどねぇ」
先生は、何かもごもご言いながら私を見た。院内の放送音が大きくて聞こえない。

私が怪訝な顔で彼を見上げると、
「メールの返事が来ないんですよ」と言った。
「すぐに出すと、待っていたみたいだから、ちょっと放ってあります」
私は、言ってから笑った。
「その年で、恋の駆け引きはいけませんよ」
にらむ振りをして先生が言った。

「その年って失礼ね。患者はスケジュールに追われて大変なんです。ドクターが過密スケジュールを課すものですから」
やり返すと、待っていましたとばかりに先生は言った。
「忙しい人が、喫茶でボーイフレンドとお茶ですかねぇ」

「ふふふ、もてるんだもの仕方がありませんわ」
私は言い返す。大石君の思いつめた表情が私の胸をよぎった。

先生は、「じゃ」と軽く手をあげて、病院の広い廊下を引き返していった。
怒ったのかなと私は思いながら、槿の樹を見つめた。大きな風が来て、槿の樹はまた左右に揺れた。




 

椋鳥のくる館(14)

 投稿者:櫻子  投稿日:2010年 8月10日(火)08時05分54秒
 



四人部屋に戻ってきてから5日目、廊下で声をかけられた。
「オリーブじゃないか……」
学生時代のあだ名で呼ばれてびっくりする。

「あら、こんなところで……」と私も返した。
声の主は学生時代のクラブの同級生、大石君だった。
「久しぶりだねぇ、びっくりしたよ」
と言ったあと、彼は玄関の喫茶室へ行こうと私を誘う。

大石くんと会ったのは一昨年のクラブ同窓会以来だから、もう二年近くになる。あれから少し太ったような気がした。
「実はねぇ、離婚したんだよ」
珈琲が運ばれてきたあと、唐突に彼が切り出した。

「あら、その年で離婚なんて、どうしたの?」
「うん、奥さんが自分のやりたいことをするためには、結婚していては駄目だって……。今までぼくの仕事のために我慢してきたから、今度は自分の番だって……」

「あら、それで、うんって言ったの?」
「うん」
彼は答えると、カップの中の珈琲をかきまぜた。
「後悔しているんでしょ」
「うん、半分はね。でも、彼女のやりたいことをさせてあげるのも愛情かなと思ってね」
「やさしいのね」
「家事はね、一人暮らししていたから、不自由はないから」

子どもたちが独立して家を出たあと、二人だけの生活がどこかギクシャクし始めたらしい。奥さんはそれでも、離婚を持ち出すのに躊躇していたのだろう。

「子育てと祖父の事を見てもらったからねぇ」
「そうだね、家のために尽くしたようなものだね、彼女の半生」
両親を早くに亡くしている大石君は、祖父と二人暮らしだった。
そこへ、嫁いできた奥さんは、家事だけのために来たようなもの。
女ならわかる。この年になって、自分はなんのために生きてきたのだろうかと逡巡すること……。

「独身になったから、明智と付き合いたいって言わないでね」
私は笑いながら、彼の気を明るくさせようとした。
「うん、言わないよ」
顔を上げて、きっぱり彼が言った。
そのまじめな表情に思わず声をあげて笑った。

「妻がね、独立してやり始めたのは、趣味の手作りアクセサリーを売りながら、教室も開くっていうことだったんだ」
「あら、過去形なの?」
微妙な言い回しに、私は食いついた。

「うん、それぐらいの事なら、別に離婚しなくっても良かったんだけどね。もっと深い事情があったんだ」
彼はそれを言ったきり、珈琲を掻き混ぜた。
気がつけば、彼は一口も珈琲を飲んでいない。

私も珈琲を掻き混ぜながら、彼の次の言葉を待った。待っても待っても、彼の次の言葉は出てこなかった。

「あのね、私の病室の窓の外には、一本の桐の木があってね、そこに椋鳥の群れがくるのよ。500羽ぐらいはいると思う。早朝、飛び出して、夕方にもどってくるのよ。それを写真に撮るのが今の私の夢なの」

私が明るく言っても、大石君は黙ったままだった。
病院の玄関の喫茶は、パジャマの人と見舞い客とでにぎやかである。私は、彼から目をそらして、自動で開く病院の入り口のガラス越しに、風に揺れる立木の枝を眺めた。




 

椋鳥のくる館(13)

 投稿者:櫻子  投稿日:2010年 8月 7日(土)11時11分58秒
 



「明智さ~~ん、お部屋移動します~」
元気の良い看護師さんの声に続いて、ベッドを移動するチームがやってきた。枕頭の高さ2メートルのボックスも下にキャスターがついているので、一緒に移動である。

私はそろりそろりと、もうその時には病院のパジャマになっているので、縫われたお腹をいたわりながら歩いて、懐かしの四人部屋にもどった。たった5日間だったのに、もう1ヵ月近く、部屋を留守にいしていたような感覚だった。

「お帰りなさい」「元気そうですね」「がんばりましたね」
みんなが口々に喜んでくれる。
「明智さんはラッキーでしたよ。お隣の高田さんは重篤な患者さんが入院してこられて、術後2日目なのに、大部屋につれてこられてたから」
中山さんが言う。

高田さんは40代の女性で体もがっしりしていたので、私より元気だったのだろう。だから個室から四人部屋へ移動しても大丈夫だったのだろう。私は心の中で思う。この年齢で10歳ちがうと大分ちがうはずである。

四人部屋の窓際に移してもらってほっとした。椋鳥が帰ってくる桐の樹がすぐそこに見える。

「ここはずっと開いていたのですか?」
鈴木さんのほうを向いて尋ねると、彼女が答えた。
「入院してきて、すぐに手術だったからね。その後、ここは空いたままだったのよ。明智さんのために空けてあったのかな?」
最後、語尾を上げて、鈴木さんは微笑む。

三人とも、私が手術室へ行った日よりも、ずっと元気になっていた。がん細胞をたたく点滴は、いっとき、食事ものどを通らないぐらい食欲不振になって、体もだるくなってきて、話すのもいやになるほどらしい。

病院の食事も食べずに返し、家族が持ってきてくれた好物や、病院の玄関の喫茶、そして、地下の売店などで気に入ったお弁当を買ってきて食べたりしている人が多い。
食べられるものを食べて元気をつけるようにと、病院では食事を残すのを大目に見ている。しかし、食事がどのぐらい食べられているかとか、患者の容態のチェックは怠らない。

お互いのプライバシーもあるので、病気の内容は本人が言わない限り、みんな聞き出そうとはしない。本人が心配ごとを口にすると、みんなこぞって自分の容態を話し、励ましてくれる。
私に関しても、励まし元気付けてくれる言葉がみんなから寄せられた。
同室になった縁を大事にしている感じがして、人間捨てたものではないと感動する。




 

椋鳥のくる館(12)

 投稿者:櫻子  投稿日:2010年 8月 7日(土)11時10分55秒
 


術後四日目、子どものいる嫁たちに代わり、三日間泊り込んでくれた妹も家に帰り、個室に一人居となる。体に繋がれていたチューブもはずされ、自分でそろりそろりと何でも出来るようになった。
生物の体とは生命力があるものだ。医学の発達が素晴らしいのだろう。

体の中の臓器が取り出されたのに、術後四日目にはもう自分で動きまわる事ができるのだから。うれしさに、冷蔵庫を開けたり、パソコンを動かしたりしていると、看護師が飛んできた。
「明智さん、何をしているのですか。もっと安静にしていてくださいよ。監視テレビに明智さんが動いているのが見えて、びっくりしましたよ。」
と、笑いながら、きついお達し。そして急ぎ足で、ナースステーションへ戻っていった。
「はい、ごめんなさい」
消え入るような声で言って、私はすごすごとベッドに戻った。

しばらくして、内田先生がやってきた。
「大分、元気になって、熊のように歩き回っていたようですね」
先生は笑う。
手術が今日はないので、もう一日、個室にいてください。」
術後四日目からは、四人部屋となっているので、引越しを予想していた、
「もう一日ここですか?」私が聞くと、
「退屈ですか?」先生は笑った。

頷くと、
「腹腔内の出血がまだあるようだから、少し用心しましょう」
先生は付け加えた。にこやかな笑みを残して、部屋を出て行った。
個室は、カメラでナースステーションに直結しているから、何もいえない。ただ、目と目で挨拶を交わすしかなかった。

廊下に「エリーゼのため」のピアノ曲が流れる。患者がナースコールのボタンを押すと、廊下に鳴り響くようになっている。それがなると看護師が慌しく廊下を行き来する。
ピアノ曲が好きな私には、ほっとする曲だったが、病院にきてからは少し気分が変わった。

午後、可愛い花籠が届いた。「夜光虫」の名前が入っていた。
「早く元気になって、珈琲を飲みに行きましょう」と書いてあった。ゆっくり話せなかった分、幸福な気分になる。風采に似合わずおしゃれな感じで、ますます心が傾いていく。

病気と恋の風がいっぺんに私に吹いてきた。病気に関してはまだまだ未知数で不安がいっぱいなのに、このざわざわとした心はなんとも言えない。午後のひと時、窓から見えるたくさんの病室を眺めながら、早く椋鳥の帰ってくる桐の樹の見える四人部屋へ帰りたいと思った。




 

椋鳥のくる館(11)

 投稿者:櫻子  投稿日:2010年 8月 7日(土)11時09分50秒
 


眠っている間に、婚家先へ行った時の義父母の夢を見た。
「よう帰ってきたなぁ」と口々に言いながら、座敷に通してくれた。安否を聞き、お茶を出してくれる。そして次々と馳走が出てくる。ふすまを開けて、義父母の兄弟姉妹も出てくる。

床の間にはお土産がいっぱい積んであった。お酒が運ばれ、花束が渡され、賑やかな宴会になった。義父母の慈愛のこもった言葉に、涙が出てきて、しゃくりあげて泣いた。

「おねえちゃん!」と言う声に、はっと目が覚める。目尻から涙がこぼれて耳にはいる。実際に泣いていたようだ。
「びっくりしたわ、なにやら言い出したかと思うと泣き出すんやもの」
「明智の家に行った夢をみたのよ」
「あら、それで義兄さんに逢えたの?」
「そう言えば、あの人はおらんかったわ……」
なんでやろうと思った。私の逢いたい人は夫なのに、夫は夢の中には出てこなかった。

夢の中の賑やかな御膳の話をすると、妹がしみじみと言った。
「あぶなかったなぁ。もうちょっとであの世へ行くところやったんかもしれんわ。夢でご馳走を食べるとあかんっていうでしょう。義兄さんがいないと言う事は、天国へ来たらあかんっていうことかもしれんね。お姉ちゃんにはまだこの世に仕事が残っているんやわ」

「仕事ねぇ。息子たちも結婚したし、孫も出来たし。親としての責任は全部済んだような気がするけど」
ぼそっと答える。それから夫が先立ってからの十五年を思った。寂しいと言っていられない忙しい毎日だった。その分、月日は速く過ぎたような気がする。

「おねえちゃん、これから楽しい事いっぱいしなあかんえ。それからお義兄さんの所へ行ったほうがいいわ」
「そやね、いつか行くところだけど、もっとあとのほうがいいよね」
私は、そういって妹を見て笑った。内田先生の顔がさっとよぎった。
「退院して、元気になったら、あちこちバスツァーで遊びに行こう。あっちゃんも誘っていこう」
妹の声はしんみりと、それでも弾みをつけながら私に響いてきた。




 

椋鳥のくる館(10)

 投稿者:櫻子  投稿日:2010年 8月 7日(土)11時08分51秒
 



術後二日目の夜。
私はまだ酸素吸入がはずされていなかった。アレルギー鼻炎を持っているので、吸入をはずすと苦しく、もう一日しておきましょうと言う事だった。

傍らの付き添いベッドには、実家から妹が来て寝ている。最初の夜、私が目をつぶって寝ている時、私の状態を見て泣いていた。きっと亡き母と私を重ねているのだろうと思ったが、私は寝たふりをして、目を開ける事はできなかった。

細胞の顕微診は一ヵ月後に結果が出ると、内田先生が診察に来たときに言った。ガスもまだでず、水分だけの二日間だった。

夜9時ごろだった。突然隣の部屋あたりから、女性の泣き喚く声がした。
「私は脊髄がこんな状態だから、マットレスを二枚用意しておくように電話で言ったのに、こんな堅いベッドでは痛くて眠れない。タクシーを呼んで頂戴! もう帰るから!」

寝ていた妹が起き出して、ドアの外へ出た。
「看護婦に言ってあったでしょう。院長を呼びなさい!」
くだんの女性の金切り声が続く。

妹が部屋に戻って言った。
「もう70歳は越えた人なんだけれどねぇ。なんでああなのかね。ここは手術をした人や痛みを堪えている人、しんどい思いをいっぱいしている人がいるのに……。ほんとうに情けないねぇ」

「どこにでもいるんだね。自分が見えない人……」
私は、呟くように言った。いつもの私ならもっと激高するんだろうけれど、麻酔の袋を持たされている私には、そんな元気はなかった。

とろとろと眠るような時間が過ぎていたのに、突然の金切り声で静寂が乱された……、それだけの事だった。個室も、四人部屋も、入り口のドアは開放されたままだから、どの部屋にも騒ぎは通じているのだろう。

看護師が患者をなだめている声が囁くように響いてきた。
「看護師さんも大変だねぇ。夜も昼も忙しいというのに、わがままな患者が入ってきて」

そういえば、四人部屋にいる時、そろそろとてつもないわがままな患者さんが来る頃だと言っていた。点滴によるがん治療をしている人は、五週間ごとに一週間入院している人がほとんどだった。

術後体内にあるがん細胞をたたくためである。点滴は四日間だけれど、とほうもなくしんどくなると、中山さんが言っていた。その治療を受けている人で、車椅子で来る人なのだが、いつも同室の人とトラブルを起こして、早めに退院していくらしい。

「その人、車椅子に乗っていた?」と私が聞くと、妹は深く頷いた。
「毛糸の帽子被ってはるよ、七色の……」
「うん、薬の副作用で毛がぬけてはるんや」
「知ってる人?」
「いいや、病棟では有名な人らしい。ごてさんやって」

なんでああなるのかな、と私は思う。70歳を越えて、まだ子どもみたいに……、どんな人生を送ってきたのだろうかと、侮蔑の気持ちもあるが、可愛そうになってくる。きっと心の中では満たされる事がなかったのだろう。

鈴木さんの言葉が思い出された。
「思いっきり愛したり、愛された事がないんですよ。家族にも恋人にも」
私はどうなのかなぁ…と考えているうちに、鎮痛剤が効いてきて眠りにはいってしまった。




 

椋鳥のくる館(9)

 投稿者:櫻子  投稿日:2010年 8月 7日(土)11時07分53秒
 


手術が終わり、麻酔が覚めた後、私は部屋に戻された。
術後3日間は個室に入る。大学病院は容態が必要とする人にだけ個室が与えられる規則になっている。

酸素吸入と痛み止めの点滴、腹腔内の出血を外に出す管などが私と器具を繋いでいた。ベッドに固定されたチューブ人間のような状態だった。

息子二人が心配そうに私を上から見下ろしていた。眼で頷いて、「ありがとう」と声をかけ、私はまた目を閉じた。自分自身が俯瞰してもう一人の私を見ている。

テレビなどで放映される手術後の病人、それが私だ。もう一度、眼をあけて視野に入るだけの部分を、瞳だけで見回す。時間が知りたかった。

「お腹を開いて、手遅れなら、手術時間が半分以下なのよ。だから手術室へ入った時の時間と終わった時間を計算すれば、自分の状態が判断できるの……」
入院したばかりの頃、鈴木さんが話してくれた。

長男が言った。
「お母さん、長い時間よくがんばったね。お腹の脂肪が邪魔をしたって、白坂先生が言っていたよ」
「時間が長いから、もうみんな帰したけれど、みんな、ずっとお母さんを待っていたんだよ。お母さんによろしくって」
次男が笑顔で言った。

看護師が入ってきた。
「明智さん、よくがんばりましたね。痛みが強かったら、遠慮せずに言ってくださいね。脊髄に通した痛み止めの点滴がはまだありますから、これね、2日間はありますから」
背中かへ繋がれた痛み止めの点滴袋を上にちょっとあげて、私に見せた。

麻酔が覚めたあとの痛さは、歯科医の抜歯後に経験しているので、手術後の痛みが恐怖だったが、それを聞いてほっとする。

「明智さん、ガスが出たら、お食事が可能となりますから、ガスが出たらすぐに教えてくださいね」
看護師は、ベッドの周りを点検し、息子たちに笑顔を見せてから部屋を出て行った。

「お母さん、さっき花屋さんからきれいな花が届いたよ」
長男が入り口の洗面所においてあった花籠を持ってきて言った。小さな花がたくさん挿してある。
「どなたから?」と聞くと、
「夜光虫さんからだって」と怪訝な顔をした。

「ああ、ネットの友達なのよ」と私はゆっくり答える。
「へ~、ネットの友達とリアルな関係なんだ……」と次男。

「夜光虫」は内田先生のハンドル・ネームだった。小花が好きだと先生は言っていたけれど、ほんとうに素敵。パステル調のピンクや薄いブルーのスイートピーがたくさんはいっていて、はんなりした感じの花籠だった。心がざわめく。

「食べられる頃になったら、なんでも言ってよ。何でも持ってくるから」と息子たちは口々に言いながら、母親の無事帰還したことに安堵したのか、笑顔を残して帰って言った。

息子たちが、私の視界によくはいるところに、花籠を置いていってくれたので、それを眺めながら、元気になったらいっぱい先生にメールをしようと考えていた。




 

椋鳥のくる館(8)

 投稿者:櫻子  投稿日:2010年 8月 7日(土)11時06分55秒
 



主治医としての言葉もうれしいが、その後ろに「好きです」と言ってくれた人の心もあると思うと、複雑なうれしさが漂ってくる。
患者を安心させる言葉であったとしても、「ぼくも手術室にはいります」という言葉はうれしかった。

翌日午前八時、面会室に家族全員が集まり、手術室へいく私を励ましに来てくれた。看護士とともに六階の手術棟へと行った。エレベーターをおり、手術棟の受付の前で、家族の顔を一人一人見て頷き、さよならをした。

何かの事故があって帰ってこれない場合もある……、そんな気持ちがどこかにあって、しっかりとそれぞれの目を見た。
受付を済ませ、扉の中にはいると、病棟はずっと続いていて、手術室がいくつも並んでいた。

三つ目の手術室にはいると、六人の医師がそれぞれの持ち場から、挨拶をした。執刀医が言った。
「私が白坂です。安心してください。主治医の内田先生もいらっしゃいます」
「よろしくお願いします」と私は会釈した。白坂先生のうしろで内田先生が会釈するのが見えた。私は看護士に促されて、手術台にのぼった。十字の形をした細い手術台の上で、所定の処置がほどこされ、それから麻酔の説明があって、麻酔薬が注射された。
そのまま私は無意識の世界へはいっていった。




 

椋鳥のくる館(7)

 投稿者:櫻子  投稿日:2010年 8月 7日(土)11時06分1秒
 


雨が降っている。
窓から見える桐の樹は、雨にうたれて雫を滴らせている。椋鳥たちは餌を求めて飛び去ったあと、静かな樹の佇まいである。

会見室で執刀医が私と家族とを相手にインフォームドコンセントも行われ、当日の手術のための輸血にそなえての自己血の採血も済んだ。手術のための検査、準備はすべて終了と言う事で、丸一日の空きができた。

明日は、手術室へ入るのだと思うと、決心がついているとはいえ、不安が頭をもたげてくる。そんな時、息子や孫の顔より、内田先生の言葉がひんぱんに心の中に浮かび上がる。

――大丈夫ですよ。ぼくも手術室にはいりますから――
不安を訴えた時、先生からの短い言葉、でもそれが私から恐れを払いのけてくれる。
その時は、先生とは医師と患者というだけの事だったけれど、今はちがう。今はちがうのだ……と、自分に誇らしげにいえる。

先生は、診察の合間の何気ない会話の中で、私がHPを持っていることを知り、検索で見つけて、ファンになったんですよと(笑)の文字を後尾につけてメールの返事をくれた。私はずっと診察に行った時の事を、日記の部分に書いていて、先生はその行間を汲み取ってくれたようだった。

先生は私の事を良く知る事ができただろうが、私は先生の事を知らない。知らなさ過ぎる……と私は、桐の葉の雫を見ながら思った。もうそこそこの年齢だし、愛だの恋だのいう年齢でないかもしれないけれど、この胸のざわめきはなんなのだろう。久しく感じた事がないざわざわとした胸の内、手術の事よりも、心の中は先生の事でいっぱいだった。

「執刀医の白坂先生は、病院では一番上手な手術の先生だから、心配しないでいいわよ」
窓の外をぼんやり見ている私に、鈴木さんが声をかけてくれた。
「麻酔を打たれて手術が終わるまで、待っている家族には、4時間という長い時間だけれど、麻酔が効いている患者の私たちには10分ぐらいの長さだからね」と
鈴木さんは笑う。

「今日一日は、楽しい事やうれしい事ばかりを考えて、心を休ませてあげたほうがいいよ」
鈴木さんの言葉がやさしく私の心をうつ。

「うん、私初めて傷物になるんですよ~」と私が言うと、私たちの会話を聞いていた中山さんと沼田さんがどっと笑った。
「盲腸さえ、私大事にもっているんですから……」と言うと、ふたりも「うんうん、私も~」と口々に答えた。


午後カーテンを閉めて、うつらうつらと眠っていると、内田先生が看護士さんを伴ってやってきた。
「気分はどうですか? どきどきしていますか?」と笑顔で聞いた。「はい」と答えて寝顔が恥ずかしくなってうつむいた。

「あらあら、心配ですか?」と若い看護士が笑顔で覗く。内田先生が続けた。
「ぼくも、手術室にはいるから、心配しなくていいですよ」
私は顔をあげて、「ありがとうございます」と言うのが精一杯だった。

今までは屈託なくいろんな事が言えていたのに、メールのやりとりをするようになって、どこかかしこまっている自分がいた。自分をとりもどさねば……と焦れば焦るほど、自分では無くなっていく。

「じゃ、今日はリラックスして、過ごしてください」
二人が出て行くと、ほっとした。すると、中山さんが言った。
「内田先生は優しいし、面白いし、良いですよね。私担当医の先生がいない時に見てもらったけれど、気さくで何でも話せたわ」

「そうそう、内田先生、お医者さんじゃないみたいに気さくだもんね」と沼田さんも付け加える。
「奥様を亡くされてから、もう5年になるって聞いたわ。お気の毒に……」と鈴木さんが声を落としていった。

「茫洋としていらっしゃるから、患者さんの受けはいいのね。はしょらないで、きっちり説明なさるから」
すこぶる鈴木さんの評は良い。

表面だけで好きになってしまったのかな……と自分に質問しながら、三人の話が盛り上がるのをぼんやり聞いていた。




 

椋鳥のくる館(6)

 投稿者:櫻子  投稿日:2010年 8月 7日(土)11時04分46秒
 


内田先生はおおよそドクターには見えなかった。人懐っこい眼でパソコンに入れた写真画面と、蛍光版に貼ったレントゲン写真を見せて、淡々と説明はしたが、手術の大変さは何も言わなかった。このままだと良性の場合は良いが、悪性の時は大変なことになる。ならば、今、取ったほうが良いでしょうとのことだった。

初診で疑いを発見してくれた山の上の病院から、内田先生を紹介された時点で、私は手術をしようと決心していたので、落ち込みはしなかった。落ち込んだのは山の上の病院で疑いを宣告された後の一ヶ月間だけだった。母と同じ病気だと言うのが私を決心させる理由だった。

母がその病気だとわかった時には、もう体重が37キロまで落ちていて、手術ができない状態だったからだ。母より長生きしたいと思った。単純にそう思った。

入院の順番が来るのを待つ間、私は診察に来て内田先生に会うのが楽しかった。診察待つ二時間弱の時間も苦にならなかった。
内田先生を好もしく思ったのは、先生の人柄だけでなく、机の上にあった一冊の文庫本、それが私に先生への興味を沸かせたのだった。本好きな人が私は好きなのだ。本を読まない人は、だめ……。

病室への道を遠回りしながら、先生にメールを出そうと決める。名刺に書かれたアドレスを私は声を出して読んだ。
玄関に回って、入り口にある喫茶店ドトールで私はカフェオレを注文し、幸福な気分に浸った。




 

椋鳥のくる館(5)

 投稿者:櫻子  投稿日:2010年 8月 7日(土)11時03分48秒
 

病院へ入院、パジャマを着るのは自由なので、上はTシャツ、下は八分のバミューダにした。一日150円で借りられる病人用のパジャマは借りない事にした。

Tシャツとバミューダパンツであちこち歩いていると、さもホテルにいるような感覚になる。手にはちいさなバッグ、中にはデジカメを忍ばせている。庭へ出たおりなどに、珍しい花がさいていたりすると、シャッターを押すつもりなのだ。

ナースステーションに届けておけば、一時間ぐらいの外出、病院内だけなのだが、オーケーなので、暇にあかしてあちこちの病棟へ散歩に出かけた。

椋鳥の集まる桐の木の横にある蔦で埋まったビルへも探検に行った。そこは理化学研究所の看板がかかっていて、表の入り口からは何人かの学生が出入りしていた。

私はてっきり、遺体安置所だと思っていたので、これにはほっとした。それにしても、研究棟は見事なほど、蔦に覆われている。鳩の巣があるらしく二羽の鳩が三階のあたりの奥まった蔦の間から出入りしていた。

ぼんやりと蔦のからまった理化学研究所の屋上を見上げていたら、ふいに肩を叩かれた。びっくりして振り返ると、内田先生がいた。
薄い髪を風になびかせながらいつもの屈託のなさそうな顔で私をみている。

「こんな所で何をしているんです?」
「遺体安置所の確認です」と私は笑った。
「ぼくは時々ここへくるんですよ」と内田先生は笑いながら言った。
「学生たちに教える事があるんでね。で、病室には慣れましたか? この間、どうしているか見に行ったのに、あなたはいませんでしたねぇ」
先生は私の手の中にあるカメラを見て質問した。

「はい、午前中は検査で忙しいのですが、午後になると暇だから」と私は口の中でもごもご言う。
「六ヶ月も待ったんだから、入院生活楽しんでくださいよ」
内田先生はそれだけ言うと、建物の中に消えた。

「もっと話したかったなぁ」と私は思いながら、建物から離れ、槿が咲いていた表玄関のほうへ向かった。その時、「明智さん……」と後ろから声がして、内田先生が白衣を翻しながら走ってきた。
「これがぼくの携帯番号です。何か聞きたい事があったら、これに電話をしてください」
そう言って一枚の名刺を、おずおずと私の手に握らせた。そしていつもの先生らしからぬまじめな表情を残して、急ぎ足で引き返して行った。

以心伝心なのかしらと、胸がどきどきしてきた。初めて診察を受けた日から入院まで半年以上は過ぎている。その間、毎月受診にきていたのだから、渡す機会はいっぱいあっただろうに、そんな気配は一度も感じられなかった。

今日唐突に事態が急変して、私は心の動揺を抑える事ができなかった。診察室でなく、外で名刺を渡されたことの意味を心の中で反芻していた。





ここまでで、原稿用紙17枚。さあ、展開はどうしよう……
 

椋鳥のくる館(4)

 投稿者:櫻子  投稿日:2010年 8月 7日(土)11時02分51秒
 



食後、パソコンを立ち上げる。
ネット友達の掲示板散策と、メール受信を開く。友人には入院を知らせてあるので、お見舞いメールがたくさんはいっていた。
「これを機に、やせましょう」とあったのは笑ってしまった。「病院食は健康食だから」というのもあった。その言葉から、毎日の食事を写真に撮る事にした。

カーテンを閉めて、カチャカチャとキーボードの音をさせていたら、向かいの中田さんが、「何か音がしている……、なんの音?」と心細げに言った。
カーテン越しに、「パソコンなんですよ~、すみません」と謝る。

食事の前に、みかん一袋ずつを相部屋の三人に渡して、自己紹介をし、挨拶をしてあったので、
「あら、明智さんなの? すごいねぇ、そのお年でパソコンされるの? 尊敬しちゃうぅ」と中山さんの声が返ってきた。

で、閉めたままもなんなので、おもむろにカーテンを開けた。
「パソコンって若い人たちだけのものかと思っていたんだけどね」
朝、椋鳥の事を教えてくれた60才を越えたぐらいの鈴木さんがみかんを剥きながら私に微笑んだ。

斜め向かいの入り口のドアのベッドから、40歳と年を明かしてくれた沼田さんが言った。
「メールもできはるの? いいですよねぇ。私も習い始めたんだけど、入院しちゃったから、三日坊主になってしまって……」
と残念そうな顔をしながら言った。

「それがあると退屈しないでしょう」
鈴木さんが言う。
「はい、宝の箱です。ネットに繋がっていなかったらただのおもちゃですけれど」
新参者の私はちょっと小さくなりながら控えめに答えた。

「治療は辛いから、ここでは何をしてもお互いに大目にみていくことにしているのです。テレビもイヤーホンで聞くなら、何時まででもオーケーですから、明智さんも了解なさってね」
と鈴木さん。

「じゃ、パソコンも良いですか?」
すかさず、私は聞いた。
「良いよ~、邪魔になるような音じゃないから」
最初にキータッチの音に気づいた中山さんが即答してくれた。

これで、私のパソコンは病室の仲間入りをしたのである。ちょっと縮こまっていた私は、大いに気をよくした。同病相憐れむと言う言葉があるが、憐れむのではなく、前向きな雰囲気が感じられてうれしかった。ここではお互いがお互いを気遣っている、その事がうれしかった。

「明智さんの主治医はどなた?」と鈴木さんが聞いてきた。
「内田先生ですが……、手術は木俣先生のようです」
「あら、内田先生って愉快な先生でしょう」
鈴木さんが笑う。
「はい、お腹の脂肪をつまんで、手術までには、これをなくしてくださいって言われました」
そう言うと、他の三人も声を出して笑った。

「つまんで厚みを計ってはるんよ」と中山さん。
「その一言で、手術怖くなったでしょ」と沼田さん。
「主治医次第なのよね、患者って」と鈴木さんが年長者らしく締めくくった。

内田先生は準教授だが、人懐っこい感じで学者には見えなかったが、病院玄関にある医師表では、教授に次ぐ位置に名前が記載してあった。
教授回診、院長回診の日程も知らされていたので、たぶん、教授回診の時は、主治医で見えるだろうと、鈴木さんが教えてくれた。

枕頭には二メートルぐらいのボックスがあって、そこにテレビや食器を入れる棚があり、その下には貴重品を入れる引き出しと、衣類を入れる引き出しが三段ついている。

ざっとその棚を見るだけで、三人の入院日数がわかる。それは日用品にどんなものがあるかで判断できるのである。日数が多い人はそれなりに、家で使っていたような雑貨が並んでいる。

私のように昨日来たばかりのものは、コップと歯磨きセットだけというふうに。
マンスリーマンションに来た気分、一ヶ月の三食昼寝つきのホテルと私は思う事にしていた。出産以来、入院したことのない私だったから。

同室の女性がみんな明るくてやさしい雰囲気にほっとした。




 

椋鳥のくる館(3)

 投稿者:櫻子  投稿日:2010年 8月 7日(土)11時02分5秒
 


病棟も病室も建ったばかりで、清潔で美しく広い。それぞれのロッカーもあり、部屋に一つの冷蔵庫もある。まるで学生時代に戻ったような気分である。

天井を見ていると、学生時代の寮が思い出される。あの時は新しい人生のスタートだった。いや今も新しい人生のスタートなんだと私は思い直した。

病棟は放射線科・婦人科、私の病巣はいずれ細胞の顕微鏡診にまわされることになり、そこではっきりした断が下される。長い闘病生活になるのか、はたまた、治療終了となるのかは、10日後の手術をしてみなければわからない。今は、一縷の望みをもつしかなかった。

手紙の束をあける楽しみも先送りにして、朝食が終わったら、パソコンをセットしようと思う。そのために、サーバーをモバイルに切り替えた。入院生活を楽しめるように、着々と準備はしてあった。
速く起床時間がこないかなぁと、天井を見つめながら口の中でつぶやいた。

もう、私に怖いものはなくなっていた。白いベッドの上に一晩寝た、それだけで、度胸が据わってしまったようだった。

「真知子って意外に、ネズミの心臓だったんだね」
眼が覚めた時に、長男の嫁の連れ子である聡が言った言葉が思い出された。思わずにやっと笑ってしまった。さんざん象の心臓をやってたのに、そうじゃないことがばれてしまったのである。

ま、それも良いかと思う。これからは、家族にうんと甘えて困らせてやろうと、生来のおちゃめ心が蘇ってきた。
――うん、これでなくっちゃ――と、私はひとりごちた。




 

椋鳥のくる館(2)

 投稿者:櫻子  投稿日:2010年 8月 7日(土)10時57分30秒
 



人は何のために生まれてくるのか……。
ベッドに身を横たえて、真っ白な天井を眺めていると、禅問答のように言葉が次から次へ出てくる。人生を半分過ぎてきた。波乱万丈というような人生ではなかったけれど、それでもいくつもの谷や山があった。総じて言えば、楽しい人生であっただろう。

そう言えば、あなたはいつもポジティブだから……と、親友が言った言葉が返ってくるのかもしれないが。私は、人生を前向きに生きている、それは両親がくれた感性なのだろうか。いや違う。今までに出会って来た多くの友人からもらったプラスのベクトルが私に作用しているのだ。

ベッドの上で10日後の手術の事を考えると、それはまるでまな板の上の鯉だった。入院の前日、息子たちが集まってくれた。それぞれの家族が心配そうに私を見ていた。5人の孫はそれぞれに手紙を書いてくれた。

「あした病院で読んでね」
手紙の束は、孫たちの前できれいな箱に入れられ、嫁の一人が桜色の包装紙で包み、ハート模様のリボンテープできれいに花結びをしてくれた。

病院の食事はまずいからと、嫁二人が手作りで10人の食事をこしらえて座敷に並べてくれた。
「私の好きなものばかりね」
と、座敷に並べられたご馳走を見ていったのは覚えている。そこから先の記憶はない。

気がついた時には、病院のベッドの上だった。極度の緊張と不安で、意識がもうろうとなったらしい。
「殺しても死なない母さんなのに、いやに弱気になっていたんだね」と息子が言葉とはうらはらな心配そうな顔で、眼をあけた私に言った。

「ご馳走を食べ損ねたようね、残念」
と、私も返し、息子と嫁たち、そして静かに座っていた孫5人の顔を見た。
「心配しないでいいよ。なんともなかったから」
と長男が言い、次男がつけ加えた。
「一過性のものだったから」

「そう、お父さんが迎えに来たかと思ったわ」
と、私が言うと、
「まだ、来てほしくないんじゃないの? あっちで気楽にやっているだろうから」
と長男が混ぜ返し、嫁にポロシャツの裾を引っ張られていた。

「でも、お母さんの入院でこうしてみんなが集まる事ができたから、良いんじゃないの? 何も心配しないで、治療専一にね」
「ほしいものは何でも言ってくれれば、すぐに持ってくるから」
二人の息子は言い、後ろで嫁たちが頷く。この光景は一生忘れないだろうと、私は思った。

55歳になるまで、病気一つしたことのない身には、手術は心の底では不安に思っていたのかもしれない。涙が不意にこぼれてしまった。みんな、押し黙ってじっと足元を見つめていた。
手術までの10日間と、術後の2週間、予定は25日間の入院だった。



 

椋鳥のくる館(1)

 投稿者:櫻子  投稿日:2010年 8月 7日(土)10時50分25秒
 



朝、小鳥の騒ぐ賑やかな啼き声で目覚めた。
――ここはどこだろう――と一瞬、考えたが、そうだ昨日入院したのだと思い出す。

四人部屋、カーテンは薄い緑がかった青で、隣との間を遮断している。そっと立ち上がって、窓側の自分のサークルのカーテンをあけた。そして10センチばかりの帯を縦に連ねた病院のブラインドに寄った。ブラインドの帯と帯の間を指で押し広げて、外を見た。

隣には窓さえも蔦で覆われた6階建てのビルが、幽霊屋敷のようにそびえていた。背中がぞくっとする。異様な雰囲気。そのビルの壁面に生えた雑草は何も揺れていない。しかし、目前にある桐の樹が一本、少し色あせてはいるが茂った葉が揺れていた。

眼を凝らと雀ほどの大きさの小鳥が見える。小鳥の群が夜明けとともに起き出して枝から枝へ鳥たちが移るたびに、桐の樹の葉が揺れているのだった。厚い締め切ったガラスを通して、小鳥たちのざわめきが伝わってくる。

「あれはね、椋鳥なんですよ」
眠っているとばかり思っていた隣のベッドから、サークルのカーテン越しに声がした。
「あなたは昨夜、お薬でよく眠っていらしたから、聞こえなかったでしょうが、夕方に帰ってきて、こうして夜明けにはまた出かけていくんですよ」
周囲を慮って、声をひそめている。

「じっと、ごらんになっているとわかりますよ。右の蔦のビルのてっぺんへ行く群と、左の売店のビルの屋上へ行くのと、そこで待ち合わせて15羽ぐらいずつが、餌を求めて移動するんです」

私は、「そうなんですか」と囁くように返事をして、小さくうなずいた。
声はそのまま途切れてしまったけれど、私は青い幹をした桐の樹を見つめた。

そのうち、三々五々小鳥が葉の中から飛び出してきて、女性が言ったとおりに、左手と右手のビルの上に止まる。3羽ずつぐらいが止まり、後から来た5羽、4羽が一列に止まったかと思うと、まるで号令がかかったように、そこから一丸になって、ビルの間を大空へ抜けていった。

一つの家族が固まって飛んでゆくように見えた。いくつもの家族が飛び立っていく。その間中、桐の葉は揺れていた。おおよそ30分ほど過ぎた頃、桐の葉は動かなくなった。すべての小鳥が飛びたったようだ。一羽の小鳥も残っていない。桐の葉は微動だにしない。

残された桐の樹の下は、小鳥たちのふんで真っ白。そこは病院の自転車置き場になっているようだが、その木の下だけは、ふんを避けているのだろう、コンクリートが白に染まっている。

「みんな飛び立ったんですね。迷子ちゃん、いないでしょう。鳥はちゃんと子どもの面倒を見ているんですよね」
眠ったばかりに思っていた女性の声がした。

「ベッドにいて何もすることはない私たちにとって、あの小鳥たちは慰めになるんですよ。あなた、窓辺で良かったわね。何日入院なさるのか知らないけれど、気分がまぎれていいですよ。夕方は太陽が沈む前には帰ってきますから、またごらんになればいいわ」

「はい、ありがとうございます。そうします」
と私は答えた。
「8時ごろまでお休みになると良いわよ」
その言葉に、「はい」と答えて、私は、ベッドに戻った。




 

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